ヤタガラス(八咫烏)の派遣

ヤタガラスに導かれる神武天皇ヤタガラスに導かれる神武天皇(安達吟光画)

ヤタガラス(八咫烏)の導き

紀伊半島を南から攻略しているカムヤマトイワレビコに、高天原のタカミムスヒノカミが連絡してきました。

「天つ神御子よ、すぐに奥に攻め入ってはなりません。荒ぶる国つ神(豪族)が大勢います。そこで、ヤタガラスを遣わします。ヤタガラスが導きますので、その後をお進みなさい」

こうして、ヤタガラスの導きに従い、カムヤマトイワレビコは、奥の地方を従えていきました。

ヤタガラス熊野那智大社(ウィキメディアより)

国つ神(豪族)の忠誠

「私は、国つ神。名は贄持之子(にえもつのこ)といいます」
阿陀(奈良県五條市)の鵜飼(うかい)は、鵜を使って魚をとり朝廷に納めます。

「私は、国つ神。名は井氷鹿(いひか)といいます」
吉野首(よしののおびと)。木こりで、尾のように見える毛皮を着ているので「尾の生えた人」と呼ばれています。

「私は、国つ神。名は石押分之子(いわおしわくのこ)といいます」
「尾の生えた人」で、吉野の国巣(くず)の祖です。朝廷の節会などに参賀して歌笛を奏します。

こうして、カムヤマトイワレビコの一行は、宇陀の地(奈良県宇陀市)に進みました。

宇陀のエウカシ(兄宇迦斯)と
オトウカシ(弟宇迦斯)

宇陀には、エウカシとオトウカシの兄弟の豪族がいました。
カムヤマトイワレビコは、ヤタガラスを遣わせて、二人に尋ねさせました。
「今、天つ神御子がおいでです。あなたたちも仕える気はありますか」

ところが、エウカシは鳴鏑(なりかぶら)を射って、ヤタガラスを追い返してしまいました。そこで、鳴鏑が落ちたところを訶夫羅前(かぶらさき)といいます。

エウカシとオトウカシは反抗するために兵士を集めましたが、十分集められず、
「仕え奉ります」
と、偽って伝えてきました。その間に圧し潰す仕掛けがある大きな御殿を作りました。

しかし、弟オトウカシはカムヤマトイワレビコを一人で出迎えると
「兄エウカシは、お遣いのヤタガラスを射返し、天つ神御子を待ち伏せる兵士を集めましたが集まらず、出迎える御殿を作り、中に圧し潰す仕掛けを作りました。だが、私にはそんな反抗する意図はありません」
と、申し上げました。

兄エウカシ、自らの仕掛けで死す。

カムヤマトイワレビコの家来の道臣命(みちのおみのみこと)と大久米命(おおくめのみこと)が兄エウカシを呼びつけ、

「御殿には、まずお前が入り案内せよ」
と命じ、太刀をとり、弓矢を構えて御殿に追い込みました。

こうして、兄エウカシは、自分で作った仕掛けで死んでしまいます。道臣命と大久米命は遺体を外に引き出すと、切り刻みました。

弟オトウカシは忠誠の証に、饗宴を開き、カムヤマトイワレビコの一行をもてなしました。

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