新羅国の御子天之日矛の渡来と神功皇后の出自

賤しい女、赤い玉を生む。

(応神天皇・番外編①)

ある日、阿具沼(あぐぬま)のほとりに、一人の賤しい女が昼寝をしていました。すると、日光が虹のように輝いて、その女の陰部を照らしたのです。
ここに、あるひとりの賤しい男がいました。この男はこの女の様子が変だなと思い、しばらくこの女を見張っていました。

やがて女は身ごもり、赤い玉を産みました。男は女に頼んで、その玉をもらい腰につけました。

天之日矛は、新羅国の御子。

男は田んぼを谷に作りました。そして、一頭の牛に百姓の食料を背負わせ、谷に入りました。そこで、偶然にも新羅の御子・天之日矛(アメノヒボコ)に出会ったのです。

御子は男が怪しいので牢屋に入れようと思い、尋問しました。

「なぜ、お前は食料を牛に背負わせ谷に入るのか。きっとこの牛を殺して食べるのだろう」
「いえ、牛を殺すことはありません。ただ、百姓たちに食料を運んでいるだけです」

天之日矛は許しませんでした。すると、男は赤い玉を取り出し、天之日矛に贈ったのです。男は許されました。
天之日矛が赤い玉を家に持って帰り床に置くと、なんと赤い玉は美しい娘になりました。天之日矛はこの娘と結婚することにしました。

赤い玉の娘は、日本の難波へ。

天之日矛と娘は幸せに暮らしていました。しかし、しばらくすると娘が食事を作っても、御子であったために贅沢に慣れていた天之日矛は文句を言うようになってきたのです。娘は耐えられなくなり、

「もともと、私はあなたの妻となるべき女ではありません。私は祖国に帰ります」

娘はひそかに小舟に乗り逃げ出すと、日本の難波(なにわ:大阪)にやってきたのです。
この娘が、難波の比売碁曽社(ひめこそのやしろ)に鎮座する阿加流比売神(アカルヒメノカミ)です。

天之日矛も、娘を追って日本に。

妻に逃げられた天之日矛も日本にやってきました。しかし、難波の海峡の神は、彼を通すことを許しません。しかたなく、天之日矛は多遅摩国(たじまのくに:兵庫県北部)に行き、妻を待つことにしました。

そして、天之日矛は多遅摩の俣尾(マタオ)の娘、前津見(マエツミ)を娶りました。生まれた子が多遅摩母呂須玖(タジマモロスク)。その子が、多遅摩斐泥(タジマヒネ)。その子が、多遅摩比那良岐(タジマヒナラキ)。その子が、多遅麻毛理(タジマモリ:垂仁天皇の命で常世の国に木の実を採りに行きました)、多遅摩比多訶(タジマヒタカ)、清日子(キヨヒコ)の三柱の神です。

神功皇后の出自

清日子が当摩之咩斐(タギマノヒメ)を娶とって生んだ子が、酢鹿之諸男(スガノモロオ)と妹の菅竈由良美(スガカマユラドミ)。
また、多遅摩比多訶がその姪の菅竈由良美を娶って生んだ子が葛城之高額比売命(カズラキノタカヌカヒメノミコト)で、息長帯比売命(オキナガタラシヒメノミコト:神功皇后-ジングウコウゴウ)の母親です。

天之日矛が新羅から持ってきたものが、玉津宝(たまつたから)という神霊が宿る宝です。玉津宝は、八種類で一揃えになっていて、伊豆志の八前の大神(兵庫県豊岡市に八種の宝をご祭神とする出石神社があります)です。

出石神社・拝殿

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