第19代允恭天皇2 兄・軽太子と妹・軽大郎女の禁断の恋

兄・軽太子と妹・軽大郎女の禁断愛

允恭天皇(いんぎょうてんのう)の後には、木梨之軽太子(きなしのかるのひつぎのみこ)が皇位を受け継ぐことになっていました。

しかし、即位する前に同じ母から生まれた妹の軽大郎女(かるのおおいらつめ)と禁断の恋に落ちてしまったのです。

そのため、多くの官人も天下の人々も軽太子に反感をもって、弟の穴穂御子(あなほのみこ)に期待するようになりました。

軽太子は恐れ、大前小前宿禰(おおまえおまえのすくね)の大臣の家に逃げて、武器を作り備えました。

その時に作った矢じりは銅製だったので「軽箭(かるや)」といいます。

それに対して、弟の穴穂御子もまた武器を作りました。作った矢じりは、まさに今時の矢で鉄製でした。これを「穴穂箭(あなほや)」といいます。

軽太子の島流し

穴穂御子(あなほのみこ)は軍勢を集め、軽太子が逃げ込んだ大前小前宿禰の大臣の家を囲みました。家に着いた時、ひどい氷雨が降っていました。
そこで、穴穂御子は歌を詠みました。

大前 小前宿禰が 金門蔭(かなとかげ) かく寄り来ね 雨立ち止めむ
(大前小前宿禰の家の堅固な門の陰に、みな寄って来なさい。雨が止むで待ちましょう)

すると、大前小前宿禰が手を挙げて膝を打ち、舞を踊り、歌を詠みながら出てきました。

宮人の 足結(あゆい)の小鈴 落ちにきと 宮人とよむ 里人もゆめ
(宮廷の人の足結の小鈴が落ちてしまったと、宮廷の人が騒いでいる。里人は忌み謹んで、騒いではいけない」
※足結=袴のひざの下の辺りをくくって動きやすくするための紐

また、こうも言いました。

「我が天皇の御子よ。同母の兄の王(みこ)に兵を向けてはいけません。もし兵を向けたなら、必ず人々は笑うでしょう。私が捕えて差し出しましょう」

それを聞いた穴穂御子は、兵を解いて退きました。
大前小前宿禰は言った通り、軽太子を捕らえて、差し出しました。その時、軽太子は歌を詠みました。

天飛(あまだ)む 軽の嬢子(おとめ) いた泣かば 人知りぬべし 波佐(はさ)の山の 鳩の 下泣きに泣く
(天翔ける乙女よ。あまり泣くと人が知ってしまう。だから、波佐の山の鳩のように、声を忍ばせて泣いている)

軽太子は、続けて歌を詠みました。

天飛(あまだ)む 軽嬢子(かるおとめ) したたにも 寄り寝て通(とほ)れ 軽嬢子ども
(天翔ける乙女よ。しっかりと寄り添って寝て行きなさい。軽の乙女たちよ)

こうして、軽太子は伊余湯(いよのゆ:愛媛県松山市の道後温泉)に島流しにされました。

スポンサーリンク
336-280




336-280




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
336-280