第17代履中天皇。墨江中王の反逆と水歯別命の忠義立て

第17代履中天皇

仁徳天皇の次は、御子の伊耶本若気王(いざほわけのみこ)が履中天皇として、伊波礼(いわれ)の若桜の宮(奈良県桜井市池之内)で天下を治めます。

墨江中王の反逆

履中天皇が父仁徳天皇の難波の宮においでになった時のことです。天皇は大嘗(おおにえ:新嘗祭)後の豊楽(とよのあかり:酒宴)で酒を呑みすぎて酔ってしまい、良い気分のまま寝てしまいました。

すると、履中天皇の弟の墨江中王(すみのえのなかつみこ)が、天皇を殺そうと御殿に火をつけました。

その時、倭漢値(やまとのあやのあたい)の祖である阿知値(あちのあたい)が、こっそりと天皇を連れ出して、馬に乗せて大和へ逃れました。

履中天皇は多遅比野(たじひの:大阪府羽曳野市)に着いた時、目を覚まし、

「ここはどこか」

と仰せになったので、阿知値(あちのあたい)は、

「墨江中王が御殿に火をつけましたので、この大和までに逃げてきました」
と、申し上げました。

そこで、天皇はユーモアのある歌を詠みました。

多遅比野(たじひの)に 寝(ね)むと知りせば 立薦(たつごも)も 持ちて来ましもの 寝むと知りせば
(多遅比野で寝ると知っていたなら、立薦(たつごも:むしろ?)を持ってきたものを。寝ると知っていたなら)

波邇賦坂(はにふさか:大阪府羽曳野市の坂)に来て、難波の宮をながめると、火がまだ燃えていました。そこで天皇はまた歌を詠みました。

波邇布坂(はにふさか) 我が立ち見れば かぎろひの 燃ゆる家群(いえむら) 妻が家のあたり
(波邇賦坂の方で盛んに燃えている多くの家。妻の家の辺りだな〜)

水歯別命、曾婆加理に墨江中王を殺させる。

履中天皇は、大阪の山の麓までやってきた時、一人の女に出会いました。すると、その女は、

「武器を持った大勢の人達が、この山を塞いで通れなくしております。当岐麻道(たぎまじ)から回り道をしてお進みになるのが良いでしょう」
と、申し上げました。

天皇は歌を詠みました。

大坂に 遇(あ)ふや女人(おとめ)を 道問へば 直には告(の)らず 当岐麻道(たぎまじ)を告る

そして、女の言うとおりに当岐麻道(たぎまじ)を上って、石上神宮(いそのかみのかみのみや:奈良県の石上神宮)に着きました。

そこへ、履中天皇の弟の水歯別命(みずはわけのみこと)が天皇に会いにやって来ました。

「あなたのことも墨江中王と同じ心ではないかと疑っている。だから、今は話すことはない」
と、天皇は言いました。

「私には反逆心はありません。墨江中王と同じではありません」
と、水歯別命。天皇は言いました。

「ならば今から帰り下り、墨江中王を殺して来なさい。その時には、あなたと話し合おう」

そこで、水歯別命は難波に帰り、墨江中王に仕えている隼人の曾婆加理(そばかり)に、偽りの提言をしました。

「もし、お前が私の言葉に従えば、私は天皇となり、お前を大臣にして天下を治めようと思う。どうだ」

「仰せのままに」
と、婆加理は答えました。

「ならば、お前が仕えている墨江中王を殺せ」
水歯別命は曾婆訶理にたくさんの品物を与え、命じました。

曾婆訶理は、自分の主君が厠に入る時をうかがい、矛で刺し殺したのです。

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